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乳牛にとって最も重要な飼料=粗飼料――その品質が乳牛の健康と生産を決定し、牧場経営の成功の鍵を握っている。 今日の高能力牛に応え得る良質な粗飼料を安定的に確保できないことが大きな問題であり、その問題解決こそが牧場の発展・安定・改善のチャンスとなる!
牛の調子が良い農場vs.トラブル続きの農場――この違いは?
現場サイドで土づくりによる良質サイレージ(粗飼料)の確保という問題に取り組んで、今年でちょうど30年になります。そして現在まで、硝酸態計、糖度計、水分計、計量器等を携え、私たちは全国のたくさんの牧場を訪問し、いろいろな方と話す機会を得てきました。そこで、「去年まで順調だったのに、今年は牛の調子が悪く乳量も伸びず、全然うまくいかない」という話しや、「今年に入ってから牛のトラブルが減って、時間的にも経済的にも、そして精神的にもゆとりができた」という話しをよく耳にしてきました。

  さて、この二つの明暗を分ける要因は何でしょう。
  労力や機械、施設、天候、圃場条件、そして管理技術などの間接的な要因は牧場によりさまざまですが、この二つの明暗を分ける直接的な最大の要因、それは粗飼料の品質にあります。
  科学者は、乳牛の飼料として、粗飼料を研究すればするほどその重要性を理解し、かつ未だ粗飼料の代替になるものを発見できないと言います。また、粗飼料が乳牛にとって、最も重要な飼料であるとも言います。つまり、粗飼料の品質が乳牛の健康と生産を決定し、牧場経営の成功の鍵を握っているのです。言い換えれば、改良を重ねて高能力となった今日の乳牛と、その高能力牛のために高度に進化した飼料メニューに応え得る良質な粗飼料を安定的に確保できないことが大きな問題であり、その問題解決こそが牧場の発展と安定、あるいは改善のチャンスなのです。このことに気づき始めた酪農家は、すでに問題をクリアーにし、成功のチャンスをつかみはじめています。

  昨年2005年は依頼のあった勉強会を、酪農家のグループで5カ所(そのうち2カ所は立ち上げ直前の酪農家によるTMRセンター向け)、農協1カ所、堆肥センター1カ所、そして試験研究機関2カ所、合計9カ所で実施させていただきました。依頼の主旨はすべて“良質堆肥づくりによる飼料生産”についてでした。内8カ所の皆さんが異口同音に言うことは、「糞尿施設は整備したがなかなかうまくいかないので、アドバイスや情報がほしい」とのことでした。その内の1カ所は近々立ち上がるTMRセンターで、「構成員の方のなかに何軒か堆肥発酵がうまくいかない施設を作ってしまったので、何とかならないだろうか」との相談を受けました。農協も入っての話しでしたが、施設を施工した業者の責任者の方が大変熱心だったことが印象的で、できるだけのアドバイスをさせていただきました。また残りの1カ所は、法人のTMRセンターを夏に立ち上げる農家グループからの依頼でした。その構成員の1人であるYさんは5~6年程前に、現地で冬に2回程依頼のあった私の勉強会に参加し、その勉強会でお話しした“今からでも間に合う土づくりの話”をその春には実行に移してくれました。その結果、本人いわく「その年から経費も今までと変わらずに改善が見られ、年々牧草もトウモロコシもより良質なものとなり、現在では大変満足できるものになった、この状態をなんとしても維持したい」とのこと。そこで「構成員全員に取り組んでもらいたいので、ぜひもう一度みんなに話しをしてほしい」という依頼でした。農協職員の方も入って全員に話しを聞いていただきました。他の構成員も彼の改善には気がついていたので、全員の賛成を得て、即全員での実施となりました。私も彼の牧場を久々に見せていただきましたがサイレージの品質も良く、とくに牛のコンディションが非常に良好だったことがとても印象的で、大変嬉しく思いました。彼のその素晴らしい行動力に敬意を表したいと思います。

  さて前置きが長くなりましたが標題の第1回目として、今回は“発酵堆肥の利用目的”について次にお話ししたいと思います。研究論文の引用が多いので少しわかりにくい内容のところもあるかもしれませんが、とりあえず最後まで読んでいただければと思います。

発酵堆肥(有機物の腐植化)の利用目的
 右記1は化学肥料や生堆肥でも補うことができます。また堆肥利用を考えるとき、一般的には養分(成分)の話しになります。しかし発酵堆肥の優位性は、むしろ2、3と4にあります。それらについて見てみましょう。
養分供給
生理活性物質の生成
腐植の生成
土壌微生物群の共生と拮抗

【注:ここでは堆肥(スラリー、尿を含む)を有機物、その発酵を腐植化と呼びます。】

生理活性物質の生成
有機物が多量の微生物に分解される過程では、以下の有益な代謝産物や分泌物などが生成されます。

ビタミンの生成
  土壌中では微生物によりビタミンが生成されます(表1参照)。ビタミン類の多様なことは、肥沃な土壌における一つの特徴で、ミシウスチン(1956)によれば微生物は、肥沃な土壌1ha当たり、1年間にビタミンB類を100g~1kg生成し得るとしています。ビタミンB群は補酵素として酵素の働きを助け、代謝を正常に保つために大切な役割を果たします。例えば、ビタミンB1(チアミン)は、自ら合成する能力の低い植物にとっては幼植物の生育を強力に促進します(表2参照)。

表1 土壌中におけるビタミンの含量
ビタミン 土壌1kg中の
ビタミン含量
チアミン
2.9~19.3μg
リボフラビン
0.09~9.8mg
ビオチン
0.023~0.62μg
B12
2.0~15.0μg
B6
4.5~14.0μg
ニコチン酸
0.1~0.35mg
資料:E.N.ミシウスチン(1956)

表2 ビタミンB1添加による幼植物の生育促進 (Bonner and Greene,1939)
  実験
期間
(ヵ月)
実験
個体数
培地 B1
添加
実験期間中に伸長した
茎葉の長さ(cm)
B1 対照 B1/
対照
(%)
ceratonia siliqua,
イナゴマメ(マメ科の木)
12 8 隔日 93 54 172
Myrsine africana,
ツルマンリョウ属の一種
5 24 34 20 170
Daphne odora,
ジンチョウゲ
6 8 3.6 1.1 327
Correa ventricosa, 6 8 36 32 112
Camellia japonica,
ツバキ
6 16 23 6.4 360
Prunus ilicifolia,
スモモの一種
12 12 隔週 233 178 131
Cedrus libani,
レバノンシーダー
(ヒマラヤスギ属の一種)
5 16 42 17 247

成長ホルモンの生成
  微生物は土壌中において植物ホルモンを生成します(表3参照)。この成長促進物質の存在は古くからブラゴヴェンチェイスキら(1955)によって報告されています。根と地上部の生育を促進し、結果的に病気軽減に効果を示します。

表3 成長促進作用をする植物ホルモンと生成微生物
ホルモン 効果 生成微生物
オーキシン 根の伸長・
分岐の促進
Azotobacter, Rhizopus, Plasmodiophora,
Pseudomonas, Rhizobium, Azospirillum,
Franckia
など
ジベレリン 植物の生育・
開花の促進
Gibberella, Azotobacter, Arthrobacter など
サイトカイニン 細胞分裂・
伸長の促進
Azotobacter, Agrobacterium, Arthrobacter,
Rhizobium, Corynebacterium,
Rhizopogon
など
エチレン 根の伸長促進・
土壌の静菌作用
Pseudomonas, Mucor など

抗生物質
  放線菌を中心とした微生物は、さらに土壌中において抗生物質を生産します。放線菌は健全な土壌1g当たり105~106と多く、土壌中に広く分布しているとのことです。主な抗生物質は、ストレプトマイシン、グロビスポリン、ペニシリン、オーレオマイシン、テラマイシン、その他のものがあります。病原菌類、腐敗菌の生育を抑制し、病害の発生を低下させます。放線菌の少ない土壌においては、病害の発生が多くなり、対策として化学合成農薬使用の機会が増えます。

腐植の生成
腐植は有機物の腐植化における最終産物で、植物の健全な生育に重要な役割を果たします(表4参照)。その腐植の生成過程についてコノノワ(1972)は、「有機物の腐植化は、微生物群の代謝機能とその誘導調整に大きな役割を果たすケイ酸塩、すなわち土壌の存在により、嫌気的条件下で芳香族構成物質※1が生成され、高分子化され、最終的には土壌の安定的物質としての腐植となる」と言っています。
  これは自然林における物質循環に見ることができます。自然林では枯葉や枯木を切り返したり、熱を上げることもなく、病害菌類のいない腐植の多い健康な土ができています。
※1=ベンゼン環を含む化合物の総称(Aromatic Compound)

表4 腐植の役割
栄養腐植 分解により無機養分を放出し、作物の生育に対して重要な役割を果たす。
また土壌微生物の活性を高め、根圏などの土壌環境を健全に保つ。
団粒の形成 土を軟らかくし、水保ち・水はけと空気の流入を良くし、根の張りを助ける。
陽イオン交換
容量の増加
保肥力の向上。
緩衝力の増大 土壌pHの恒常性の改善。
キレート化合物
の生成
植物の微量要素となる。 金属イオンの移動性を増大し、有効性を高める。
※この表は非常に簡単にまとめたものです。詳しく説明すれば一冊の本ができるくらい腐植は重要かつ多くの役割を持っています。多くの書籍により詳しく紹介されていますので、機会があればぜひご一読ください。土と腐植の巧みさに感動されることでしょう。

土壌微生物群の共生と拮抗
肥沃な土には、土壌微生物が多量に生息しています。重量にすると、700kg/10aということになるそうです。この多量の微生物群はお互いに助け合ったり(共生)、ときには単一の菌の爆発的な発生を抑えています(拮抗)。良質堆肥の施用や輪作が連作障害を軽減させるのはそのためです。
  このことについて技術士会の先生方はさらにこう言っています。「好気的環境では、土壌微生物の代謝産物中の芳香族構成物質が減り、甚だしい場合には土壌微生物群としての固有の機能を変え、雑菌(病原菌類、腐敗菌など)と共生するようになり、有機物を酸化分解して低分子化、ガス化を促進する。したがって、悪臭の発生を解消することができなくなる。―中略―有機物の過度の連続投棄、あるいは逆に有機物の不足、過度な好気条件など、腐植化反応を阻害するような条件が限度を超えると、いわゆる“相の転移”を生じて、物質は分解・拡散・低分子化・ガス化への方向へ、微生物も生成物も変わって、雑菌(病原菌類、腐敗菌など)と共生するようになる」(「自然浄化処理技術の実際」地人書館より)

  古いデータが多かったのですが、すべて現在出版されている書籍からの引用です。現在ではこのような研究をする科学者がいなくなり、化学肥料や化学合成農薬の研究開発だけに目が向けられてしまっているのでしょうか。

  多量の有用微生物群が活性化された健全な土壌には、このような大変素晴らしい天然のシステムがあるのです。この土壌の素晴らしい能力を引き出すための第一歩が、良質発酵堆肥の施用、つまり土づくりにあります。このシステムがうまく機能すると、化学肥料や化学合成農薬の使用量を減らすことができ、さらに人間があまり手をかけなくても病害虫発生の少ない日保ちのする優良な農産物(とくに野菜)が生産できるようになります。牧草においても、雨にあたった場合傷みにくくなり、すぐには黒くならなくなります。サイレージも良質な発酵となり、二次発酵しにくくなります。これは土づくりを実践されている酪農家の方々からも話していただける内容です。
  植物は弱ると虫がつきやすくなります。サイレージや堆肥が悪い発酵になるとハエがたかります。牛や人間がこじけたり弱ると、ハエやシラミがたかります。そして病気にかかりやすくなります。それは生体防御機構(免疫力)と抗酸化力が落ちるため、という研究者の発表があります。健康な土に健康な作物が生育し、それを与えられた家畜が健康になるのは、至極当たり前のことなのかもしれません。
  現在世界の農業先進国では、農薬や抗生物質の使用を減らす方向に動いています。日本も例外ではいられないでしょう。よってこのような素晴らしい天然のシステムを積極的に取り入れた、予防するための技術が今後より重要になってくるはずです。

  研究論文の引用が多かったことと、現場サイドで現在行われていることとのギャップもあり、皆さんの中には多少混乱されている方もあるかもしれません。
  次回は、以下の4項目の「宿題」を中心に考察し、「現場サイドで何をどうすれば良いのか」について、提案していきたいと思います。
生理活性物質の生成には大変素晴らしい土壌中の微生物の働きを見ることができました。飼料作物ではなかなかわかりにくいかもしれませんが、人間用の一般農産物ではその効果が大変喜ばれています。それではどのような堆肥が本当は良いのか、次回考察してみましょう。
腐植生成のところで、「ケイ酸塩、すなわち土壌の存在により、嫌気的条件で~腐植となる」と言っています。これをどう解釈したら良いでしょう。酪農家の方のなかには堆肥盤、スラリーストア等の糞尿施設を整備されてから、以前の畑での野積み堆肥やラグーンのときより堆肥発酵がうまくいっていないと言う人もいます。さて、何が起きているのでしょう?次回考察してみましょう。
土壌微生物群の共生と拮抗で、「好気的環境では~悪臭の発生を解消することができなくなる」とあります。どういうことでしょう?次回考察してみましょう。
さらにもう一つの「過度な好気条件など~雑菌(病原菌、腐敗菌など)と共生するようになる」という指摘もあります。どうすれば良いのでしょう?次回考察してみましょう。

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